明日、拙著『超インフレ時代の『お金の守り方』』(PHP)発売」「米国がインフレの最悪期を脱出した可能性で、『円の紙くず化』は無くなったのか?」「なぜ防衛費増税で文句を言うのか?」

2022年12月15日

1,明日、拙著「超インフレ時代の『お金の守り方』」(PHP)発売

明日、拙著「超インフレ時代の『お金の守り方』」(PHP)が発売になります。

私は、今年、米国に2か月間滞在しました。その結果、貧しくなった日本を痛感いたしました。通貨は国力を反映するという観点からして円はそもそも安くなる地合いがあったのです。 しかし中央銀行が健全であったなら、単に「弱くなる」で済んだのです。中央銀行の信用失墜は日本経済にとって致命的です。このような事態をまずこの本を読んで理解していただきたいと思います。そして、この日本の最悪期をどう乗り越えていくかを学んでいただきたいと思います。★421/基本-1

 

2.「米国がインフレの最悪期を脱出した可能性で、『円の紙くず化』は無くなったのか?」

米国でのインフレの最悪期脱出の可能性で、「円安はもう続かない」と主張する人が出始めましたが、とんでもない。私が「円紙くず化」を言っている主因は日銀が「尋常ならざる債務超過」に墜ちるだろうと思うからです。たしかにきっかけの一つとして、日米金利差拡大での円安進行があります。(注:私はお金がじゃぶじゃぶである以上、このシナリオが再度進行する可能性は、いまだ非常に高いと思っています)。しかし、きっかけはそれだけではありません。山ほどあります。日銀の財務が日に日に悪くなっている現状を鑑みるに「そよ風」程度のことで、日銀が一晩でThe end になる可能性は非常に高いと思っています。

 

3.「痛み止め依存の静かな危機」

一日の日経新聞の中外時評。なかなか優れた論考だった。「安易な増税は論外だが、どの歳出を削るかも示さず、恒久的な支出増を借金で賄う発想は無責任だ。痛み止めに慣れた政治の劣化が見える」「人為的に長期金利を押し下げる金融政策を続ける日銀は、皮肉にも歳出圧力や負担先送り論を受け止める安全弁となってしまっている。『市場のメカニズムをねじ曲げることは一時的にできても、最後はひずみが来る。今のままいけば市場の制裁を受けることになる』と小黒氏はいう。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK111D60R11C22A2000000/

 

 

4,「なぜ防衛費増税で文句を言うのか?」

お金に色はない。防衛費毎年1兆円だろうが一人10万円のバラマキの13兆円だろうが財源が必要だ。当たり前の話。なぜ、増税反対と今頃、騒ぐのか?

騒ぐなら、ばらまくな、と当時騒ぐべきだったろう。ばらまいた以上、増税になるのはわかっていただろうに増税をするなら1%で2兆円も増収もまる徴税力抜群の消費税しかない。バラマキを喜んだのだから消費税増税反対を主張する権利はない。国と言えども金が無ければ何もできない。税金を払いたくないなら小さい政府しかない。私は「小さい政府&低い税金論者」だ。ただ。すでにばらまいてしまった分は大増税かハイパーインフレという踏み倒し鹿選択肢はない。金に色はないのに、1兆円の増税を言いだしたのは、いよいよ、日銀が「もう国債を引き受けられません」と音を上げたせいかもしれない。X デイ近し、と考えざるを得ない。

5,「人類にとっての大革命?」

少しずつ、日本でもニュースに取り上げられて始めているようだが、昨日朝早く、米国にいる次男が「これはすごいことかも」とラインを送ってきた。「みんな予想していたより進展が早い。成功したら人類にとっての大革命だし、その可能性は充分あるのでは?」とのこと。核分裂は十分な冷却ができないと分裂を止めることができないから事故が起こると大変だが、核融合はそんなことはない。安全な原子力発電所が予想より早くできるかも?ということ、とのコメント。だとすると久しぶりに明るいニース。次男もその道の専門家ではないので、そこまで喜んでいいのかわからないが。紙くず化する円ではエレルギーを買えず日本人は、寒さに震えるのかと心配だったが、これが出来ればその点だけは一安心、ただ、まだ少し時間がかかるようだ。

https://www.cnn.co.jp/usa/35197287.html?ref=rss

6.「宮沢洋一自民党税制調査会会長」

一昨日、以下のリツイートを私のSNSにいただいた。

「ところで、今よくテレビでおみかけする党税調の宮沢さんは、同窓生だとお聞きしますが、なにか彼に言いたいことはありますか?」

以下のように回答した。

「ハイ、確かに自民党の税調会長の宮沢洋一君とは小・中9年間一緒のクラスでした。高校の時は別のクラスですが。参議院ではともに財政金融委員会に属し、小学校のクラスが永田町に移ってきたかと思いました。男子20人、女子20人の小学校では、私が級長で、宮沢君が副級長でした。彼に言いたいことは沢山あるのですが、最近、副級長は級長の言うこと、ちっとも聞いてくれないんです」